おもしろいと思ったらやります!
tomochan9sai@gmail.com

ともちゃん9さいの2016と2017

映像編集

モリマサ公・ともちゃん9さい「ピースサインをかかげるイエスキリストの輪郭がドアの向こうに」 


夜間飛行 / ともちゃん9さい と ねこねこライオンズ


木村聡太・ともちゃん9さい / はじめてのさよなら


自縛ポエトリー/うい 「さよならディストーションサウンド」


宇宙はどこ? ともちゃん9さいとspan


しあわせ固め、遠まわし蹴り / ともちゃん9さい(DEMO) 


ライブ出演

7月に集中したどれもすてきなライブだった、ワンダーくんのことを考えた。spanと畳の上で集中した2ヶ月くらいのことを思い出した。ともちゃん9さいとspanを最後にしたけど、彼がおもしろいと思いそうなことならどんどん誘うつもり。


フスiDのファイナリストになりとてもうれしかった。わたしの自己愛について言及してくださったのが田島ハルコさんがはじめてだったのがなおうれしかった。

今年2017は、自分の詩がふくらむことをやるのが多くなりそうです。楽しみにしててください。

友だちのねこはどこ?

CCF20160811_00000 - コピー (3)

















黒い、毛の長いねこを飼っていた

みんなもらわれて
のこった一匹は
白くないしオスじゃなかったけど

玄関に出てきて見上げた
ママに「飼おうよ」って言った

味付け海苔がだいすきで
わたしもおやつにしてたし
ねこも喜ぶからよくあげた

だからはやくしんじゃったのかもしれないけど
そういう時代だった

高い絨毯の裏がしっかりしてるとか
ブランドの折りたたみ傘とか
ビールしか売ってなくて
果汁30パーセントで
そういう時代だった

小学生だし新築のマンションだったし
ねこが5階から落ちた
子猫だったから
家の中を探していたら
ピンポンが鳴って
1階の人が
無傷のねこを届けてくれた

何がそんなにかなしかったんだろう
泣いてると
鳴いたり
じっとそばにいたりした

ねむるねこのおなかに耳をあて
ちょっと重みをかける

ころころころころころころころころ


家族みんなさびしかったときに
一人暮らしをはじめたばあちゃんのアパートで
ねこはやせてった

「みみにゃんがしんじゃうかも」って
電話がきて
バイト先で泣いて
シュレッダーかけながら泣いて
早退していいよって言われて
会いに行ったら

ねこは立ち上がって
もうしなくていいのにって
おしっこをいろんなとこにして
賃貸の壁を爪とぎして
毛玉を吐いて
そのほうがましだと思った


ねこがしんで


友だちが娘を産んで
遊びにいって
娘がわたしの背中に寄っかかって
絵本を読みはじめた
声を出さずに
娘が静かに絵本を読んでいる

ねむるねこのおなかに耳をあて
ちょっと重みをかける

ころころころころころころころころ
CCF20160811_00000CCF20160811_00000 - コピー (2)CCF20160811_00000 - コピー現代詩フォーラム

しあわせ固め、遠まわし蹴り

噛み砕いたものを与える鳥の気持ちで触れないで眺めていた
「絵のようだ」っていう
こんなに部屋がゆがんでいるのにしあわせの絶頂なんだって

絵画の絵はがきの色は少しずらしてあり、記憶の中にだけ色がある

しあわせは点の集合ではないと思いたいけれど
点描のしくみを守るつもりはないけど
そうなんだけど
男の子と禁煙のにおいがして
こまる

じょうずに乗れば行ける場所ばかり歌われているし
恋をしていることになってる
問題がある
夢がある
持病がある

一気に近づく感じがやりたいというか食べたい
ぜんぶ飲み込んでしまってから考える
ペンダコの指をまっすぐにするため
痩せることにした
鏡張りの部屋じゃなくてよかった

ガムを噛んだ音で怒られた
名前と安否をSNSで確認するたび「お●●●してるか」とレスしてきた編集者は

あのレコードを教えてくれたし今も
あのレコードのイントロにいちばん似ていると思うし
副作用でたくさん汗をかいているし

君の恋人が死んだかつての海の日をもうみんな忘れかけてる
それだけで死ねる
ふくらはぎの砂がぽろぽろかわく

メガネをはずさないで
ちゃんと合わせて見てほしいので
小指を鼻の穴に突っ込む
ことばかり考えながら呼吸していた

少女の娼婦のスタンスで
待合室の童貞を誘う
なにかが割れたままする
童貞からウェブメール
誘われて
架空のポップスター
人差し指と呪文
前の恋の高揚を追い求めている

掃除機をかけたばかりの畳にころがって
ギターの音がする
おんなじとこばかり弾くので
眠ってしまう


早朝、
商品価値を知るすべての食べ物たちが
からすから逃げる


いま、
ハッピーだから
おっぱいだから
やわらかすぎて
純正律がきもちよくなっちゃって
チューして
ほんとはこうしたかったって
なんで
しなかったんだろ
したんだけど
つづかなくて
ずっとつづくことがしあわせなんでしょ
いましあわせじゃないの
きみと
ずっといっしょにいたかったよ
かえればよかったの
言ってくれたら
かえてちがくしたのに
ちがくしたのに
きみが

ばかだなって笑っても
だれかが笑っても
どんどん
夕暮れが青くていつも眠くなっても
眠っても
どんどん
さびしくなくなっても
はりさけそうな恋のうたは
どうしてうたうんだろう
においたち
恥ずかしくって
背景のない

ママとパパに似てない瞬間を固めて
それが今だってわたしなんだって
きみが鏡なんだって

言いたかったけど
言わなかったら
ずっとこのままでいられる

言いたかったけど
言わなかったから
ずっとこのままでいられる 
 現代詩フォーラム

宇宙と【SPOKEN WORD BOY,ダダマの渦潮祭2,朗魔2】7月に読める詩

7月はライブを3本やってうち2本はspanくんとだった。そしてどれも重要だった。

これ、ワンダーくん自身が書いたんだって!すごくない?
20160614_2018289









































LHWの今までのポエトリーフェスにあたる「SPOKEN WORD BOY」に誘っていただいて特別な気持ちだった。
とても落ち着く空間だった。リハのとき緊張しなかった。ワンダーくんの路上で使ってたアンプは意外にも澄んだ音がした。Paranelさんがにこにこしてて、GOMESSさんがしっかりしてて、やさしさも持ち合わせてるけど内面はぜったいはげしい若くてかわいい男の子女の子がはかなそうに見えるけど強い空間をつくってた。
本番緊張しまくってワンダーくんのアンプの魔法笑で15分なのに声が枯れまくった。たぶん今まででいちばんたくさんのお客さんに観てもらったと思う。
石川さんのMANDA-LA2飛び入りとどっちかってところかも。
 
とにかくお客さんが今日を目に焼きつけたいし知りたいし忘れたくないって意志で強く立ってる感じがした。このライブに出られたおかげで、はじめてツイッターで交流してる大好きなみなさんと会えた。かわいらしい人ばかりでうれしかった。よい言葉もたくさんもらった。わたしのほうがもらった。ぬくみちゃんもげっきーに娘っこをあずけて来てくれた。
これもうれしかったにゃー
とりのキミノオルフェちゃんがついていきたいと思わせる何かがすごい、つよい絵を描きながらそれをカメラで撮影してプロジェクターで投影する中スポークンワードする女の子で、白いワンピースを黒いクレヨンですこしよごしたあと、みんなで「Pellicule」を歌いましょう、歌えるでしょって言って、歌詞がプロジェクター映しだされてみんなで歌ったのがめちゃくちゃ感動的だった。そのあとのParanelさんの挨拶も腐ったみかんくんの飛び入りフリースタイルもGOMESSさんのフリースタイルもめっちゃよかった!!!

ダダマさんのイベントはダダマさんの人をみる嗅覚のすごさがやっぱやばいということがわかったイベントだった。打ち上げが人生至上上位におもしろかった。下ネタというか人間のふかいところの話が全員通じるメンバーが偶然集まって、誰かがひいて流すことをせずどんどんふかくなっていく感じだった。
すぎさくさんがやばかった。
 
わたしは足がやばかった。
13600206_1029124410511680_7349635982826971315_n































朗魔2は映像を使えるということで、今までは音楽を映像に入れて、それに合わせて朗読するライブをしていたが、今回はspanくんがアコギを弾いてくれるので、映像はきっかり合わすんじゃなくだいたいの編集をして、映像にもともと入ってる音を入れることにした。ミュート解除しまくった。
 
ともちゃん9さいのライブでいちばんうまくいったかもなあと思ってる。馬野ミキさんが視界の左はしでずっとリズムに合わせたり手をたたいたりしてくれているのがわかった。映像ではモリマサの泣くかもって声が入ってる。複数の鼻をすする音も聞こえた。というかこんなに映像が見えるよい明度とアングルで撮っていただけてうれしかった。すぎさくさんありがとうございます。
 わたしはほんとはspanくんと一度はアルバムをつくりたかったのだが、spanくんがもともと自分のことをやりたいという強い意思を持っていて、これらのライブの前、わたしとの活動をやめたいと言ってきた。どうしてもやらされてる感が出てしまうと。わたしは動揺したが冷静になって考えてそのほうがいいと思ったし、なんならやめるのを後悔をさせてやりましょうかという、気持ちは自覚はなかったが、あったのかもしれない。
やったね!
えっとライブは最後という、ツイッターにはそう書きました、と閉店セールのようですが実際、8月にspanくんとともちゃん9さいとspan最後のレコーディングをします。発表の仕方はこれから考えます。「SPOKEN WORD BOY」でやったのと、新曲です。お楽しみにね。 

ひかりとみつ

S7mTHmzB








































撮影:三原千尋

ともちゃん9さいでのライブ、ひさびさにしました。ダダマフェス2015で。
 
泥酔して記憶が飛んでまったく覚えていないのですが、映像を見てみたら(ういちゃんが撮ってくれたよ)、ふらふらだし、感情的すぎるし、噛み噛みだし、言葉飛びまくりだけどライブしてました。わたしが演出だけだったら激怒するかなあと思ったけど、プレイヤーもやってるので激怒しないです。そういうことはだいじだ。あとわたしは酔っ払いに甘いです。酔っ払いが好きです。
そして、ふだんの自分のライブよりもなんとなくいいところもある気がしました。もっと素直になったほうがいいと思いました。
けどだがしかしそのままだとあまりにもなので、音声に使った映像とかをあわせてみました。
さいしょの映像はさいごにばあちゃんに会ったときの映像です。
このブログを見ている人は知っていると思うけど、ばあちゃんは7月に亡くなりました。わたしがおーばーどーずをして入院しているときというすごいタイミングで亡くなりました。
わたしはしにたがるくせがあるんだけど、わりとそれは病気と考え方のくせのコラボでなってて、それがないときはとっても「ひかりとみつ」だけのことしか考えていない。

「ひかりとみつ」というのはわたしの「ふかい」

という詩のフレーズだけど、「ひかり」ってだけじゃなくて「みつ」をくっつけるととってもゆたかだよ。

だからそういうことがやりたかったんだ。
わたしのテーマは「子どもたちの未来」かもしれなくて、わたしより若いひとたちが絶望してほしくないってそんなことをわりととても本気で考えています。それは「わたし」なのかもしれないけど。わたしはまだバブルとか高度経済成長のあの未来が安心に明るい感じ知ってるけど、ちがう世に生まれた人ってどうなんだって思う。わたしとか大人が不安をあおっちゃいけないんじゃないかとも思う。よく確かめたいと思う。いやぜんぜんできてなくてごめんね。詩とか創作で返します。
あと、ミミッピちゃんとかぶっちゃうかもだけど、ラブレターです。

いつも誰かひとりの人のためにラブレターを書いています。
そんなことないか。3人くらいにふくれあがってるときもあるよ。

ちなみにライブの前半はこれと
 
これをしました。
 
「ラブレター・2」はかけあいにしたのにぜんぜんできてなかったのでリベンジします!
もちろんその予定はまったくの未定です! 

あと撮りました。
ういちゃそーすげーすげーきもちわるい人のやつだーすげー
 
ちいちゃんの着目点(思いつきそうだけど思いつかないけど思いつくけど言いたいけど言わないみたいなのの総合評価


川口純平さんもいっしょうけんめい撮影したさいごのさいごのほうの記憶があるのに、データがなくてすごいざんねんです。

守山ダダマという東京でうけにくいとんでもない奇才と主催ですごい絵を描いて髪が長くて「菩須彦」って名前すぎる菩須彦さん、共演者のみなさん、お客さん、下北沢Half Moon Hallに感謝。


PS
主治医が「あなたは頭がいいので」と何度も言うので、頭の働きがよくなってきた。信頼関係と思い込みはすごい。だってぜんぜん今ねむれてるし躁的なこうふんはないんだよ。 
PS2
来年は体調をととのえて、ダダマフェス2016の共催をしたいです。
PS3
きみからのDMわすれません。生きようね∞てか遊ぼう。やくそくだお 

祖母が消えた(2)

夜が来て、だいぶ薬が抜けてきたせいか眠れそうになかった。少しいらいらしていた。看護師さんに相談したら睡眠薬が処方されることになった。
薬が抜けきっていないからか、ベッドのカーテンの影が立体的なカバに見えてそれを眺めていた。カーテンも風がないのにずっと揺れているように見えた。
睡眠薬を飲んだが眠れず、看護師さんに眠れないのでiphoneを使いたいと言ったら意外にも許可が降りた。久しぶりに電源を入れてすぱんくんにLINEした。
そのうち、ばあちゃんが入院する病院から着信が入った。夜中の0時ちょっと過ぎだった。そんな時間に連絡が入るなんてよい知らせなわけがなくて、看護師さんに連絡を取りたいと言ったら、ロビーでなら通話していいと許可が降りた。ロビーでばあちゃんの病院に電話した。看護師さんとつながって、ばあちゃんが亡くなったことが告げられた。
看護師さんに今入院していていつ退院できるかまだわからないことを伝えて、退院が決まったら連絡をくださいと言われた。
すぱんくんにばあちゃんが亡くなったことを伝えて、いっしょに来てほしいとお願いしたら、来てくれると言ってくれた。
そのあと一睡もできなくて、退院のことだけ考えていた。看護師さんが来るたびに退院したいことと、主治医がいつ来るか聞いていた。決定権がない看護師さんの返答に逆ギレしたりして非常に申し訳なかった。
 
朝、ばあちゃんの病院のソーシャルワーカーのKさんから着信があって話した。葬儀の予算の関係で、お通夜は明日までなら待てるとのこと。「智子さんは今そんな状態だから無理しなくていいんだよ」と言われた。わたしは「行きます」と答えた。
どうしても最後にばあちゃんの肉体に会いたかった。

昼過ぎ、主治医ではない医師が何人か回診に来て、心電図の結果がよければ、退院していいと言われた。緊張しながら心電図の検査をして、退院が決まった。夜すぱんくんが迎えにきてくれてスーパーですいかを買って冷やして食べた。飛行機もLCCが取れた。札幌の劇団でいっしょだったちっちが泊まらせてくれることになった。すぱんくんの部屋の壁から文字が浮き上がっているように見えて、これがずっと続いたらやだなあと思った。


札幌はすずしかった。いや少し寒かった。空港に着いて、安い高速バスに乗ったら、時間がかかりすぎてお通夜の時間ぎりぎりにばあちゃんの病院に着いた。ソーシャルワーカーのKさんは「おそい!」と言って、これからの流れを説明してくれた。
本来わたしがやるべきことをすべて彼女が手配してくれた。
 
タクシーに乗って、ばあちゃんがいるお寺に向かった。タクシーを降りたら車椅子のママがいて「ともちゃん」と笑顔を見せた。急いで喪服に着替えて、ばあちゃんがいる部屋に向かった。わたしはばあちゃんを見た瞬間泣くと思ったけど泣かなかった。ねむってるみたいだった。ママは「小さくなっちゃって」と「働き者で」と何度か言っては泣いた。
おくりびとの人が「おだやかな顔をしてらっしゃいますね」と言った。「そうじゃない人もいるんですか」と聞いたら、死に方によって表情がちがうといったようなことを教えてくれた。おくりびとの人がお化粧のとき、シミにコンシーラーを塗った。「コンシーラーだ」と言ったら、「気にされると思って」と言った。
ばあちゃんがいつも気にしていたうすい眉毛もちゃんと描かれて、チークもふんわりのせられて、口紅をひくとき「もし似合わなかったら、塗りなおしますのでおっしゃってください」と言われた。お化粧をしたばあちゃんは元気なころの顔に近くて、3月にお見舞いに行ったときとぜんぜんちがった。そして3月に生きているばあちゃんに会えたからこそ、今こうしておだやかな気持ちでいられるんだと思った。
ばあちゃんの荷物を棺に入れるものとお炊き上げするものに分けることになった。その中に誕生日と敬老の日とたまに母の日にも贈ってた花のメッセージカードがたくさん出てきた。自分でやってたことなのに、それを見たら涙が出てきた。少し泣いた。
棺にそのメッセージカードやわたしもママも持っているねこのぬいぐるみやメガネや昔飼っていたみみにゃんの写真を入れて、写真を撮らせてもらった。
お通夜が終わって、札幌ならでは?のカラオケボックスの中で食べる居酒屋のようなところでごはんを食べた。ムーンライダーズの「悲しいしらせ」を歌った。ごはんを食べ終わってちっちの家に向かった。ちっちは仕事が忙しい時期なのに泊まらせてくれた。起きたら朝ごはんがつくってあった。
区役所で納骨に必要な書類を取り寄せて、昨日のお寺に向かった。棺にお花を入れた。また写真を撮らせてもらった。いい写真が撮れた。

火葬場に着いて、ばあちゃんが焼かれるところに入れられた。わたしはここでも泣くと思っていたけど泣かなかった。ソファで待っている間、そばとうどんの店があって、ママとすぱんくんと3人で出前して食べた。付き添いの看護師さんは「わたしたちはだいじょうぶです」と言った。ママは病院食以外のものを食べるのが久しぶりだから無言で必死で食べてかわいくてみんなで笑った。お散歩したいというので親子ふたりでと看護師さんに言われ、外に行こうとしたら、骨を拾うところを通らなければ外に行けず、なんだか申し訳ない気がしてすぐ戻ってきた。ママは庭を見て、外に出たいというので、けれど庭はがたがたしてるので、看護師さんの車椅子さばきで庭に出た。わたしは車椅子を押すのがほんとうに苦手でそのたびに、本気でママと関わってない感じがする。
ママは何度か「わたしは死にました」と言った。母親が死ぬということをママなりに考えて言っているんだと思ったし、わたしに似ていると思った。
ばあちゃんが骨になって拾うことになった。喪主の方からと言われ、ママが前に出た。そう、ママはお通夜もお葬式もちゃんと出られて、一時期は字も書けないくらいだったのに、元気になったし、ママなりにがんばったのだと思った。

納骨を済ませ、デパートに向かった。ばあちゃんの病院のソーシャルワーカーのKさんと主治医と看護師さんにお菓子を買った。
Kさんと話して、「ほんとうにお世話になりました」と挨拶したら、ほっぺを触られて、抱きしめられた。
Kさんにはほんとうにお世話になった。こんなに親切にしてくれるワーカーさんはいないと思う。ママはいるけど、病気だから、ママみたいなことをKさんはたくさんしてくれた。最初は叱られたりしてこわかったけど、それはわたしにしっかりしなさいと、これから起こることを考えてのことだった。けどばあちゃんが死んだから、Kさんとはもうお別れですごいさびしい、わたしこれから、だいじょうぶかな、と思ってたら、「遊びに来てね」と言ってくれた。
ばあちゃんの主治医とも話した。ばあちゃんは機械に出ないくらい、ねむるようにしずかに亡くなったと教えてもらった。おなかにあった動脈瘤が破裂することなく、いわゆる老衰だろうと言われた。
「おばあちゃんはよく、『ともちゃん』『ともちゃん』って言ってたんですよ」
「智子さんがそういう状態のときに亡くなったということは何か伝えたかったということだから、生きてください」
と言ってくださった。

ナースステーションで挨拶した。かつてお見舞いにきたときにお花のメッセージカードのことやばあちゃんがわたしの名前を呼んでくれてたことで、部屋が何号室か聞いたとき「ああ、ともちゃんだあ」「ともちゃん」「ともちゃん」と初対面の看護師さん数名に名前を呼ばれたことを思い出した。
 
病院を出て、ずっとそばにいてくれたすぱんくんとなんとなく笑った。

すぱんくんは「ともちゃんはいろんな人に見守られてるんやで」と言った。 


-----------------------------------------------------------------------------------------------

さいごに

そのころの医療がたぶんまだ発達していなくてばあちゃんの認知症の初期症状は放置された。その症状にはわたしを疑う妄想も含まれていて、たいへんな思いをした。それでしばらくばあちゃんをきらいになった時期もあった。けど、ばあちゃんの顔はそれを忘れさせてくれるくらいおだやか、というか、それが、死なんだと思った。ばあちゃんの人生はわたしを疑ってばかりいる人生じゃなくて、わたしにワンピースをつくってくれたり手袋を編んでくれたり、新さっぽろでラーメン食べたり、土曜日によしもと新喜劇を見ながらじゃがいもいっぱい茹でてくれたり、完全看護になる前の「付き添い」という仕事を定年までしたり、あとわたしが知らないたくさんのばあちゃんの人生があった。
わたしは、ひとりで東京出て来ちゃってって時々思ってたけど、まだごはんがふつうに食べられたばあちゃんに病院の近くのおいしいおにぎりやさんのおにぎり買ってっていっしょに食べたり、まだ喫煙室があるころで、喫煙室の中でふたりでしゃべったり、ジュース買ってもらったりした。
できることはしたんだと、思うことにした。

長くてすみません。読んでくださった方いたら、ありがとうございました。 

祖母が消えた(1)

6月から死にたいが悪化した。
死にたいというか、誕生日前日にぜったい死ぬんだに変わっていた。練炭とテントでもできると調べて、あとは場所探しだと思ったが、暑くて無理じゃん、どうしようと調べなおしたりしていた。
主治医に話したら抗うつ薬が処方された。数日で死にたい気持ちが軽減した。
 
その日、寝る前の薬を飲んだけど、ねむれなかった。お酒が飲みたくなった。コンビニでビール風とおつまみを買って飲み始めた。とても気分がよかった。明日からがんばろうと思った。部屋を片づけようと思った。
ビール風3本目くらいで何もかもどうでもよくなってきた。あんまり覚えていないんだけど、投げやりな気持ちになったんだと思う。
処方が変わって70錠くらいあまっていた薬を飲んだ。その量で死ぬわけはないとかるい気持ちで飲んだ。
ぜんぶ飲んだあと、心配になった。いつもそうだ。飲んだあとに心配になる。飲んでいる途中でもいいからなぜ、気づけないのか。主治医に「わかっているはずだ」と言われるが、自分がなぜそれをしてしまうのか、わからないと思っている。実年齢を考えてつらくなる。
救急相談ダイヤルのようなところに電話して話したら「すぐに救急車を呼んでください」と言われる。すぱんくんにLINEしたら「飲んだ薬のシートを持っていきなさい」と言われる。

救急車を呼んで、次に気づくと朝焼けで、アパートの前の空を見ながら事情を説明していた。大家さんに見られてたら聞こえてたら、住めなくなるかなと思った。
病院に着いてからは身体がむずむずする感覚があり、何度か叫んだりあばれたりした。やたらわたしの名前を聞いてくる人がいて、病院の方針でその方法で意識を確認するんだけど、それにしてもあまりに何度も聞いてくるのでキレた記憶があるけど、薬による幻聴もあったのかもしれない。
「胃洗浄しますか?」と聞かれて、今回飲んでる量が少ないし、胃洗浄はつらいので「しません」と答えた。

目が覚めるとICUにいた。身体は固定されていた。おしっこの管が通されておむつだった。酸素の管も鼻にくっつけられていた。自分はたいしたことないのにここにいると思う。いろんな機械の音がする。しゃべれる患者さんはわたし含め3人だけいる。
水を飲む許可が降りなくて、大きい綿棒に水をひたしたもので舌をぬらすだけで、すぐに舌がカラカラになった。
すぱんくんが来てくれた。ねむくて仕方なくて目を長い時間開けていられないし、うまくしゃべれなかった。
水のことばかり考えているうち、看護師さんに上半身を起こされて、水を飲む許可が降りたことを伝えられて、ぬるい紙コップの水道水を飲んだらほんとうにおいしかった。もう一杯飲みますかと聞かれたが、飲みたいのにおなかいっぱいだった。
心電図の結果がよくなくて退院が延びた。目がうまく開けられずねむってばかりいた。
 
次の日、おしっこの管がはずされて、なんとか歩けるようになったので、ICUから普通の大部屋に移動した。向かいが小学生の男の子で、はしゃぎすぎるその子とお見舞いにきたおばあちゃんが話すのを聞いていた。
夕食の許可が降りて、来た食事はすべてゲル状のもので、緑色のそれは生臭くて残したが、あとから看護師さんに聞くとほうれんそうのおひたしだと言っていて、こんなにまずくなるんだなと思った。ばあちゃんはこれを毎日食べてるから食欲なくなっちゃったのかなと思った。(つづく)
詩人。映像作家。LOW HIGH WHO?所属。腐乱ちゃんと恨乱ちゃんの腐乱ちゃん。
恋は終わるからせつないんじゃない、ばかばか
馬野ミキミュージックビデオ第一弾
出演しています!
東京にいてもわすれていないんマサルさん
ホルモン鉄道とそこらへんの動物
帰ってきた自縛ポエトリー/うい
美しい男、木村聡太
宮沢もよよ【植物園】と、ドライブ【初音ミク】
ピースサインをかかげるイエスキリストのモリマサ
◎子宮◎
笑いながら神様の肉を食べよう。
ピカーーーーー
サッカー
  • ライブドアブログ